『約束、してください……』 息も絶え絶えに少女は俺を見つめ、懇願する。 紫翠の瞳は哀しみに揺れているのに、その唇は柔らかな笑みを浮かべていた。 その様子が一層、彼女の力ない身体を抱く俺の胸を打つ。 『もし……もし、生まれ変わったら……』 ずっと、一緒に、と。 そう告げて伸ばされる少女の手を、俺は握った。 『ああ…約束する』 震える声で、囁いた。 在天願作比翼鳥、在地願為連理枝。 空に住まう物に生まれ変わっても、地に住まう物に生まれ変わっても、共にいる、と。 その言葉を聞いて、少女は安心したのか眠るように目を閉じる。 その身体からは、力が抜けていき、そしてーー。 「……っ!!」 自分の慟哭が聞こえたような気がして、俺は飛び起きた。 むき出しの上半身はうっすらと汗ばんで、息は異様に乱れている。 額を拭ってみれば、予想通り汗で濡れていた。 そんなふうに俺を乱したのは、先ほどまで見ていた夢に違いない。 あの夢を見るのは今日が初めてではない。 もうずっと昔から、何度も何度も、繰り返しあの夢を見ている。 夢の少女が誰なのか、夢の中の「俺」は誰だったのか。 そんなことはもう知っている。 ふと見ると、白く明るい月明かりが部屋の中を照らしていた。 今日は、満月か。 思い出すと、月明かりを浴びたいという思いが沸き上がる。 散歩でもしてこようか。 そう考えて、俺は夜気に耐えられるように寝間着の上と、さらにコートを纏って、外にでた。 外にでると、月明かりは本当に明るかった。 街灯は少ないにも関わらず、道を歩くのに不自由は感じられない。 そうして歩いていると、懐かしい声が耳の奥によみがえる。 『るう、知ってるか?  男女の双子は、前世で結ばれなかった恋人の生まれ変わりと言われているんだ』 いつかの夜の散歩中、ムーンストーンの揺れる右手で俺の手を引きながら、親父がそう言った。 『そうなの?』 『言われている、てだけだけどな。 だから、もしかしたらお前とりりも恋人だったのかもしれないな』 ははは、と笑いながら言う親父の言葉に、小さい頃の俺は妙に納得してしまった。 たびたび夢に見る、あの悲しそうに微笑む女の人は、りぃの……。 『……どうして、双子になっちゃうんだろうね。兄妹じゃ、また結ばれなくなるのに』 ぽつりと、疑問を口にした。 兄と妹、もしくは姉と弟では、結婚なんかできなくて。 誰かと巡り会えばそちらに行ってしまって、結局離れてしまうのに。 幼い俺の小さな疑問を聞いて、親父は『そうだなぁ』と空を仰ぐ。 つられて上を向けば、冴え冴えとした白い月が俺たちを見下ろしていた。 『誰よりも繋がるため、かもしれんなぁ……』 『つながるため?』 『うん。同じ時間に生まれて、同じときを過ごして。 ……そうして、もし前世で果たせなかった約束があったら、それを叶えることが出来るように』 「果たせなかった約束、か」 ぼそりと呟いてみた。 吐かれた息は白く視界を曇らせて、消えた。 あの夢が本当に前世のことなら、俺たちが果たせなかった約束は、ずっと一緒にいること。 つらつらと、夢のことを考えてみた。 どこかの国の宮廷。 前世の俺は王の側近で、りぃは公主に仕える女官だった。 二人は立場柄会うことが多く、お互いの人柄に惹かれていった。 だけど、女官は例外なく王の女。 ほかの男との恋愛は許されない。 前世の俺たちは重々承知していて、互いの気持ちに気づきつつも沈黙を通した。 たまに、ごくたまに、月の綺麗な夜に四阿で二人で歌うという逢瀬を交わしただけ。 そんな関係を続けてどれくらいかした頃に、宮廷内に賊が入った。 それを目撃したのが、りぃの前世だった。 賊は口封じにと彼女を手込めにした。 辛かっただろうに、彼女はそれを警備の長に話した。 どこから入ったのを見たとか、何を盗ろうとしたかなど、全部。 それなのに。 長は、警備の者たちの不手際であるのに、彼女が賊と通じていたと、関係を持っていたという罪状を仕立てあげた。 王を二重に裏切った罪で、彼女は、毒を賜った。 地方の視察にでていた前世の俺が知らせを受けて戻ったときには、もう彼女は毒杯をあおったあとで。 その続きが……。 はぁ、と何度目かわからないため息をついた。 俺とは違って、りぃにはそういう記憶も、夢に見ることもないみたいだ。 だけど、どこかに残っているんじゃないだろうか。 それがあるから、男が嫌いなのかもしれない。 そんなことを考えながら歩を進めていると、家が見えてきた。 知らない間に地区内を一周していたらしい。 よく見てみると、月を見上げている後ろ姿が佇んでいる。 月明かりに照らされてきらきらと輝く、青みがかった銀髪の後ろ姿。 「……りぃ?」 声に反応して、りぃが振り返った。 風に遊ぶ髪を押さえて、ふわりと優しい微笑みを俺に向ける。 「おかえり、るうくん」 その姿が夢の人と重なった。 清冽な美しさに、思わず息をのむ。 ずっと一緒にいて、ずっと傍にいて、りぃの微笑みなんか見慣れているはずなのに。 「どうしたの?」 「いや…りぃこそ」 「ん、なんか、目が覚めちゃって。 るうくんのとこ行ったら、いないんだもん。 それで外見たら、月がすごく綺麗で。 きっとお散歩にいったんだろうなって。 だから、待ってたの」 「うん、正解」 「でしょ?」 ふふ、と微笑んで、りぃはまた月を見上げる。 その唇がゆっくりと開き、歌を紡ぐ。 『天に在りては願わくは比翼の鳥となり、  地に在りては願わくは連理の枝とならん』 「りぃ、それ、どこで……」 驚きで目をみはりながら、俺はりぃに尋ねた。 りぃはきょとんとした顔で、どこだろう、と返す。 「どこかで、聞いたんだと思う。……生まれ変わっても、ずっと、共に」 ね、と。 りぃは俺に抱きついてくる。 「私たちきっと、一緒にいなさいってことで双子に生まれたのね」 ……親父との話を、りぃは知らないはずだ。 だからきっと、本心からこう思っている。 俺はりぃを抱きしめ返して、うん、と頷いた。 「そうだな。……きっと、そうだ」 双子に生まれる理由って、それ以外にもあるんじゃないだろうか。 たとえば、自分がかつて愛した人が、今度こそ愛する誰かと結ばれるのを見守れるように、とか。 そう思うと、いろんなことが腑に落ちる気がした。 (それなら、それで……) りぃが本当に好きな人と巡り会えるまで、俺が守ればいい。 前世の自分がそうできなかったぶんも。 『また、共に歌ってくださいますか? 月を眺めながら』 『もちろん、何度でも。音を結んで、月を眺めよう』 ーー耳の奥で、夢の二人の声が響いた気がした。 ーfinー あとがき 結音短編です。 タイトルは「音を結び月を眺む」と読みます。 設定なんか全く考えてはなかったのですが、 「男女の双子は(以下略)」を聞いたこと、 ふと月を背に微笑むりりのイメージが浮かんだことが結びついてこうなりました。 あくまで非公式短編なので、それぞれの結音像を想像してくだされば幸いです。 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。 2013.12.20.シオン